分子間相互作用定量QCM装置基礎知識
アドミッタンス解析法
アドミッタンス解析法(QCM-A)
水晶を振動させる方法は、従来のQCM装置で良く使われる発振法以外に、電子デバイス部品の評価に使われるネットワークアナライザやインピーダンスアナライザなどを用い、水晶に外部から周波数を印加する方法があります。
印加する周波数は掃引することが可能で、水晶の共振点付近の特性を得ることが出来ます。
AFFINIX QN Proで採用しているのは、後述の方法になります。
QCM-A法:QCM based on Admittance method の原理
ネットワークアナライザを用い、水晶振動子の共振周波数近傍の周波数を掃引することで水晶振動子の特性(振幅・位相・挿入損失・インピーダンス・アドミッタンスなど)を測定することが可能です。
AFFINIX QN Proはアドミッタンスを主に測定し、アドミッタンスの実数成分であるコンダクタンス:G、虚数成分であるサセプタンス:Bを求め、解析を行います。この手法をアドミッタンス解析法(QCM-A法:QCM based on Admittance method)と称しています。
従来より水晶のインピーダンスやアドミッタンスを解析することで、直列共振周波数Fs以外の水晶の特性を計測することは行われていましたが、水晶をセンサーとしたQCMの測定方法としては一般的に普及しておりませんでした。それは安価で安定した発振が得られる発振法と比較し、計測を行う高周波機器が高価であり、且つ発振法並みの周波数の分解能が得られなかったためです。
アルバックでは上記の問題を解決すべく、計測機器やその計測条件の検討、更に得られたアドミッタンスの解析アルゴリズムの最適化を行い、発振法に近い周波数分解能をもつ測定方法の開発に成功いたしました。
発振法とほぼ同等の周波数の測定精度に加え、共振周波数以外の水晶の特性も得られるため、吸着物質や溶液の粘弾性解析や物性評価も可能になりました。
下図は横軸に周波数、縦軸にアドミッタンスの実数成分であるコンダクタンスをとり、共振周波数近傍を図示したものです。波形のピーク部が共振周波数を示します。
アドミッタンス解析法(QCM-A)と発振回路法の測定の違いをアニメーションにしていますが、アドミッタンス解析法は測定領域内を「移動する点」で、発振法は「固定した点」で測定をするイメージになります。


『アドミッタンス』とはインピーダンスの逆数で、実数部のコンダクタンスGと虚数部のサセプタンスBに分かれています。
インピーダンスは交流電圧における電流の流れにくさ、つまり「抵抗」を表すパラメーターになりますので、電流が流れにくくなる(高抵抗)とインピーダンスの値は大きく、アドミッタンスの値は小さくなります。

更に測定(1回の掃引)で得られたコンダクタンス:G、サセプタンス:Bの値を図示すると下図のような円が描かれます。これをアドミッタンス円線図と呼びます。

この円線図上にはそれぞれの特性を持つ周波数が存在しますが、AFFINIX QN Pro はそれらの周波数からFs,F2,Fw の3つの周波数を求めています。
各周波数はそれぞれ異なった特長を有しています。

上記周波数以外にも、水晶の共振のし易さを表す「Q」値やそのQの逆数であるエネルギー損失を表す「D」値が得られます。
Dはアドミッタンス解析法以外にも減衰法などで算出することが可能です。算出する方法は違いますが、得られる値は同じになります。
更に水晶振動子の特性を表す等価回路パラメーター「R(R1)」「C0」「C1」「L1」が求められます。
RはFwやDと同様に、振動エネルギーの損失を表すパラメーターの一つになります。
Analysis mode
アルバックでは、基本波と3倍波の各周波数パラメーターから、粘弾性係数をはじめとする物性値を算出する手法を開発いたしました。
これにより最大7個の物性値が得られ、周波数だけでは出来なかった一般的な物性値による議論を行うことができます。
物性 | 名称 | 概要 |
---|---|---|
G' | 貯蔵弾性率 | G'(ジー プライム)は、物体の歪みのエネルギーが応力として内部に蓄えられる成分で、粘弾性体の弾性成分を表すパラメーターの一つになります。 |
G" | 損失弾性率 | G"(ジー ダブルプライム)は、与えられるエネルギーが熱など他のエネルギーに変換されて損失してしまう成分で粘弾性の粘性成分を表すパラメーターになります。 |
tan δ | 損失係数 | G"/G'で求められます。 値が0の時は固体(粘性成分がゼロ)、値が∞の時は溶液(弾性成分がゼロ)になり、粘弾性体はその中間の値を示します。 |
μ | 弾性率 | 変化のしにくさを表す物理量です。剛性率とも呼ばれます。Proの測定では粘弾性体の弾性成分を表すパラメーターの一つになります。 |
η | 粘性率 | 物質に力を加えた時に変形が起こり、その力を取り除いても元には戻らない性質を表す物理量です。主には液体などが相当しますが、粘弾性薄膜解析では付着物の粘性成分を表します。 |
m | 質量 | 吸着物の質量を算出しますが、吸着物内部に水を含む場合はその水も含めた質量になります。 |
h | 膜厚 | 算出した質量と吸着物の密度から膜厚を計算します。 |
以下に、実際にセンサー上に吸着した物質の物性評価例を示します。
ex. 1) biotin DNA 60 mer の粘弾性解析

軟らかい膜や水分を多く含んだ物質が吸着した場合、粘弾性のモデルの一つであるVoigtモデルを適用し、センサー表面へ吸着した膜の粘弾性を算出することが可能です。
この例では、アビジン(タンパク質)被覆センサーにbiotin DNAの結合を観察し、DNA吸着膜のG',G" を算出しています。従来の粘弾性測定装置では解析できなかった、表面分子レベルでの粘弾性解析が可能です。
他にこのような粘弾性薄膜として解析される測定例は、変性したタンパク質や糖鎖などのように長さのある物質が吸着した場合が考えられます。

ex. 2)自己組織化単分子膜 (SAM膜)の物性評価
硬い膜や疎水性の膜など水分の含水量が少ない吸着物の場合、 粘弾性の解析法を適応することはできませんが、Sauerbreyの式 等の解析モードを適用することで、質量 (m)や膜厚 (h)を算出することが可能です。
この例では、金電極表面へのSAMの形成をモニタリングしていますが、振動エネルギーの損失を表すFw はほとんど変化せず、SAMの吸着量のみを測定しています。
他にこのような解析が適応できる測定例は、小型の球状タンパク質やポリマー薄膜などが考えられます。

ex. 3) アガロースゲルのゲル化測定
吸着物以外にもセンサー表面に接触している粘弾性溶液や半固体、固体などの粘弾性係数を算出します。測定に使用するサンプル量は400〜550μLですが、撹拌をしない場合は10μL(電極上に液滴状態)程度から測定が可能です。

- 高濃度タンパク溶液
- コロイド溶液
- 高分子溶液

- グリースやオイル
- 接着剤

- ゲル
- ゴム

アガロースゲルは温度を下げるとゾルからゲルに変化します。そのゲル化の過程を測定した例です。
液温36℃付近から弾性成分G'が上昇し、損失係数tanδの減少が見られることからアガロースのゲル化が始まったことが解ります。